「患者が中心で置き去りにされる」現象の具体例

「患者が中心で置き去りにされる」現象の具体例

 ここまでは、患者参加型医療の概念について説明してきました。しかし実際のところ、現在の日本の医療現場は患者参加型と呼ぶには程遠い現状にあります。この状況を、ヘアサロンでの事例に置き換えて説明してみます。

 

 サロンを訪問したあなたは、受付で「今日はどうされますか?」と聞かれます。あなたは「ストレートな黒髪を活かしたボブスタイルにしたい」と答えました。あなたはこの日のために長い月日をかけて髪の手入れをし、自慢の髪を伸ばしてきました。鏡の前の席に案内されたあなたの背後に、チーフ美容師がやってきて挨拶をしました。さて、髪型についての相談が始まるかと思いきや、美容師はあなたの髪質をじっくりと観察し始めます。思いのほか時間がかかっていますが、この間、あなたには何の説明もありません。やがて美容師は奥へのスペースへ行き、あらゆる職種のスタッフとミーティングを始めました。ここは南青山の一流サロンで、スタッフの中にはスタイリストやカラーコーディネーター、メイクアップ担当などの専門家も含まれているのです。聞こえてくる会話の様子から自分のことが話し合われていることは分かりますが、あなたは鏡の前でひとりぽつんと待たされているだけです。やがて戻ってきた美容師は自信に満ちた表情で「髪を明るく染めてパーマをかけ、短くカットしてアフロ風のスタイルにしましょう。これが最もお似合いです」と結論を伝えました。あなたの髪質や肌の色、顔立ちやプロポーションを一流の専門家たちが判断し、あなたの個性を最良に活かすヘアスタイルが導き出されたのです。さて、あなたはこの髪型を選ぶでしょうか。
 左脳で理論的に考えた場合、この決定にまったく問題はありません。理屈の上では、あなたがアフロを選択すべきでない理由はまったくありません。しかしあなたは、ショックを受けて抵抗します。なぜなら、あなたには仕事の事情も家庭の事情もありますし、なによりも長年憧れてきたスタイルを実現したいという自己イメージがあり、そのために頑張ってきたからです。それは、あなたの生き方にも関わる問題だと言えます。

 

 しかしこれと同じような出来事が、医療の現場では毎日、現実に発生しています。パーマやアフロを、開腹手術、抗がん剤治療、遠い地方の専門病院への即日入院の勧め、などに置き換えて考えてみてください。

 

さて、アフロを拒否する患者とは、「問題のある患者」なのでしょうか?

 

患者がアフロヘアの提案を受け入れられない理由は、以下の3つです。
希望との不一致
選択の自由の欠如
医学生物学的理由への偏り

 

 

希望との不一致
 本人が自覚しているかいないかは別として、人は誰もが望ましい未来の自己イメージを持っているものです。だから、そのイメージに合わない方向性を強制的に提示されれば抵抗を感じます。つまり、「自分の思うようにしたい」という気持ちが無意識に働くのです。

 

選択の自由の欠如
 医師は「やはり開腹手術が最善だ」と提案し、患者側も治療方針について一応の納得をしたとします。しかし患者は手術の実施には難色を示し、はっきりとした同意に至らないケースも多々あります。実はこのような場合、患者はさまざまな選択肢を思い描いて悩んでいるものですが、その内容は医療者側にとって予想外のものが多々あります。
 たとえば、いつ、どんな形で手術を受けるか。自分で執刀医を選べないのか。長期入院が必要なら実家に近い病院を探して転院したい、などの事情もあるかもしれません。あるいは、手術の予定日に友人の結婚式や大事な仕事の予定があるのかもしれません。さらには、楽しみにしているテレビ番組を見逃したくない、などという理由さえあったりします。
 患者は、さまざまな選択肢の中から自分が納得できる形を選びたいものなのです。